2016年8月19日金曜日

世界で一番幸福なアスリートよ:吉田が負けた〜たまには書きますスポーツ・エッセイ〜

 吉田が負けた。
 
 3分15秒に後ろのポジションを取られたシーンに言い訳はできない。ちゃんと負けた。
 そして「あんなにたくさんの人に応援してもらったのに・・・ゴメンなさい・・・取り返しのつかないことをしてしまった」と泣いた。
 勝ったヘレン・マルーリスも泣いていた。彼女は、吉田の姿を観てレスリングを始め、吉田を仰ぎ見あげてここまできた。
 そして、その吉田に勝った。万感胸に迫った。
 不敗の神話を持つ者の不幸は、「その神話の終わりをいつにするかという困難な課題」に安易には立ち向かえないことだ。
 いたずらに老醜をさらし晩節を汚すこともある。
 ある日、突然啓示を受けたように消え去る者もいる。

 しかし吉田は、「自分に憧れ、自分を目標にし、自分を倒すことだけを考えてきた若者」に敗れ、そして何かを終わらせることができたのである。
 無敵のレスラーが、そんな素晴らしい者に敗れて、五輪を終えた。自分が種を蒔いた結果を全身で受け止めて、一つの仕事を終えた。
 勝ち続け、神話を無謬なるものとした者は、人を育てることが困難である。「勝てない理由がわからない」からだ。
 でも、神様は吉田に最後にとてつもない祝福をした。
 「負けて、ちゃんと負けて、負けた者しか学べない何かを、これからも若者に伝えよ」というメッセージである。
 吉田は、普遍なる存在に「お前の仕事は終わらない」と言われたのだ。
 何という幸福なアスリートだろう。

 そして、何と過酷な宿題が与えられたのだろう。
 「日本のキャプテンなのに優勝できなかった」などというツマラナイ事実を嘆くことはない。
 吉田は、本当の意味で、今日「選ばれし者」となったのだから。

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